夏休みの始まりと、本と。
また夏の話です。
でも夏と夏休みとは違うでしょ。
諸事情で1ヶ月ほど帰省していましたが、昨日一人暮らし再開しました。
日本全国どこも暑いんだろうけど、仙台も例外じゃないね。
朝からセミが煩い。
今日の朝は5時過ぎくらいに起きて、なんとなく窓開けたらもうセミが元気だったもんね。彼らも必死なんだろうなぁって思いながら、彼らの声をBGMに二度寝しました。
帰省している間は期末テストとレポートに追われていて、夏休みを実感なんてできなかったので、わたしにとっての夏休みは今日からです。今決めました。
今日から始まる1ヶ月とちょっとの夏休みをどう過ごそうか、大学1年の夏休みって文字にするとなんとなく特別な感じがするものをどうやって大事にしていこうか考えるのが今日の記事です。今回もお付き合いください。
前置きおわり。
テンション高いから夏休みしたいこと考える
— Harune (@thinking__247) 2020年8月19日
・早寝早起き
・散歩
・会いたい人に会う
・読書
・映画鑑賞
・語学
・バイト
夏休みしたいこと考えてました。
欲張りすぎかな。
でも人間欲張ってなんぼだから。
わたし多分欲張りなんだろうな。
この中で特に触れたいのが、読書です。
本を読むことは小学生あたりからずっと好きで、それが今のわたしの文章を作ってくれています。小学6年の時に学校の図書館から借りて読んでいた本を帰省していた間に思い出して、母にお勧めしたら見事にはまってくれるくらいには小学生の時から文学を愛しています。小学生の時は、大体の友達は見に行かないような棚の本、特に誰も借りたことがなさそうな、本の表紙の裏に借りた人が名前を書くカードがあって、そこに数名ぶんの名前しかないような本を借りて読むのが好きでした。中学校でも高校でもわりとそうだったんだけどね。
この夏休み中に読んでみたい本をリストアップして行ったら収集がつかなくなってしまったので、紙に書くとかはしないで心の片隅にリストを置いておいて、本屋とかで見つけた時に読むっていうふうにしようと思っています。
読みたい本は新しいものを買って完全に自分のものにした状態で読みたいんですよね。借りて読む本も、古本も、新しく買う本も、内容は変わらないけど、何が違うかっていうと、借りた本とか古本にはそこに読んだ人が考えた跡が残っちゃう気がする。本を読んで考えることって人それぞれでしょ。全然違うことを考えてると思う。それが嫌とかじゃないんです。むしろそれは知りたいんです。でもわたしが考えてる時にそれがちょっと邪魔してくる気がする。どうしても理解できない部分って本の中に絶対あると思うんだけど、そういうときって他の人はどう考えたんだろう、理解できたのかなって気になっちゃうんです。借りた本とか古本にはそれが染み込んでるわけでしょ。他人の思考が自分の近くにあると、それを覗きたくなっちゃって、自分の思考を途中でやめちゃってどこまで考えてたかわからなくなっちゃうっていうことがあるので本は新品に限ります。異論は認めます。
別にそういう趣味があるわけじゃないから安心して欲しいんだけど、文学好きで性描写と暴力表現(正しくは性描写のなかの暴力表現)いける人は、田中慎弥の『共喰い』読んでほしい、あれは夏に読む本。
— Harune (@thinking__247) 2020年8月11日
帰ってくる前に、とりあえず文庫本を3冊買ってきました。
そのうちの一冊がこれです。
田中慎弥『共喰い』
高2の時に初めて読んで、多分その時勢いで3回くらい読み返したんじゃないかな。これは学校で借りた本だったけどね。最近思い出す機会があったので、自分のものにしたいと思って購入しました。昨日の夜読み始めて、半分くらいいったんじゃないかな。内容はちょっとあれだけど文章は読み辛くないのですぐ読み終わります。
わたしの夏休みはこの本で始めます。
わたしが読んだ後でよかったら喜んで貸すので声かけてください。
今日はちょっと短め。
読んでくれてる皆さんの夏休みも素敵なものでありますように。